新座3

信綱のお墓です。

松平信綱は三代将軍家光に仕え、六人衆を経て老中に昇進しました。「島原の乱」鎮定後は川越城※2に転封されました。幕政において重要な役割を果たすと共に、郷土の発展の為にも大きな功績を残しました。
信綱は67歳でこの世を去りました。遺骸は当初、岩槻の平林寺に埋葬されましたが、1663年に息子の輝綱が父の遺命を受けて、墓石まで全てをこの地に移しました。
六人衆=幕府の役職の一つで老中に次ぐもの。旗本や御家人の監督役。

平林寺境内林です。

平林寺が有する広大な寺域にはクヌギ、コナラ、アカマツ、エゴノキ、クリ、イヌシデ、エノキ、シラカシ、モウソウチクなどから成る雑木林が残されています。武蔵野の面影を残す貴重な自然林であることから、境内を中心にしたおよそ56haが国の天然記念物に指定されています。

野火止塚です。

約1,200年前、朝鮮半島から渡来した新羅の国の人達が、焼畑による農耕を行う際、火勢を見張る為に造ったものと言われています。

新座という地名は、大和朝廷が新羅から渡来した僧や尼の居住地とし新羅郡と名付けたことに由来すると言われています。

ひどい降りです。12月だと言うのに台風の影響を受けているそうで。

デジカメが危険な状況になってきましたのでそろそろ…。

見事な紅葉でした。京都の紅葉名所と比べても遜色ありません。

安物の傘も、こうなると風流ですね。

最後に、新座市睡足軒(すいそくけん)の森です。

平林寺境内林の一部を新座市が無償で譲り受け、公開しています。かつては、電力王と呼ばれた松永安左エ門(耳庵)※3が所有した時代もありました。

敷地内には茶室や座禅堂(有料)の設備も有ります。

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取材日2003年12月1日

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参考ツアー

※1

玉川上水の取水口

※2

川越城跡

※3

松永安左エ門の茶室